無題

あの日から何年が経っただろうか。

あの日を境に灰と化していたこの街もすっかり花の色を取り戻しているはずだ。僕の庭の花も咲いているだろうか。

 

あまり僕は外に出るタイプではなかったし、

外で起こる出来事には興味がなかった。

僕が屋敷から出なくなった原因は遡ること20年以上も前の事だ。

毎日の様に舞踏会が開催され、きらびやかな衣装、屋敷の総称をする浮世離れした派手さを持つこの街で僕は人気者だった。自称ではなく、本当に人気者だったんだ。毎日パーティーよばれ、女性が列をなして私に挨拶に来る。囲まれて酒を飲むのは至高のひとときだった。

 

花の貿易を盛んに行っていたこの国で花形とされる職は植物の研究者や、貿易商だ。そんな僕は、有名な大学で植物学を専攻し未来が約束されていた。家族も皆、植物園を経営していたり、研究に関わっている。

安定した職をもった人と結婚し家庭を持つ事こそ女の幸せだったあの頃、自分で言うのもなんだが、仮面舞踏会やら、街の酒場ではよく声をかけられた方だった。

 

しかし、僕が家族と住んでいた暖かいあの家に誰かが火を放ったんだ。ついた火は勢いを落とす事なく家中を炎で包み広大な庭の跡形もなかった。

僕以外の家族は死んでしまった。天涯孤独の身だ。

しかも、火傷でただれた僕の顔はもう誰にも見せられない。鏡を見る事すら出来ず、僕は誰も近寄らない塔に閉じこもった。

この街に家族の命を奪った者がいることを考える程、街の人の顔を見るのが、話しかけられるのが怖くなった。「殺される…殺される…。」無意識に独り言をしてしまう。

 

僕は塔から出ることはなかったし、これからもないだろう。倒壊した家から出てきた数少ない種を塔の下の小さな庭に植えて、育てているだけで良かった。花と触れ合う時間だけが僕を生きている心地にさせてくれた。

 

ある日その小さな事件は起きた。

僕が育てていた真っ赤なバラが1つ、なくなっていたのだ。こんな森の奥に人なんで入って来ないはずだ。「昨日は風が強かったからな」そう思い、この日はなにも気にせず寝てしまった。

 

しかし、次の日もまた次の日も花はなくなっていた

 

僕は荒れ狂う様に怒った。

「どうしてなんだ。どうしてそんな恨まれなきゃならないんだ…!僕は…!!僕は、、」

 

バリン…(効果音)

 

布の被せてあった鏡にぶつかって鏡を割ってしまった。散らばった破片は僕の顔を写していく。

 

「やめるんだ…お願いだからやめてくれよ…。この顔になってから僕は生きた心地がしないんだ…

あぁ…あぁ。あああああああ…!!!」

 

僕は散らばった破片の中で意識を失った。

 

太陽の光が窓に差し込む。

「うぅ…なんだ…頭がひどく痛い」

窓を閉めようと立ち上がり、塔の下を覗き込んだ。

「誰だ…?」隅に咲くバラをしゃがみながら懸命に取ろうとする少女がいたのだ。

僕は追いかける事をせず彼女の行動に見入ってしまった。少女はバラを2輪取って街の方へと走って行った。ふと我に帰った僕は仮面をつけ、フードを被り少女の後を追った。

 

「花はいりませんか。」

そう言って少女は人の庭から盗んだ花で一日を生きていた。すぐに買い手が見つかったらしい。

「お嬢ちゃん、この花はどこの花なんだい?」

御老人が彼女に声をかけると、少女はとっさに嘘をついた

「私が育てているの!そうよ!私が育てて売ってるの」

「そうかい。そうかい。ありがとうね教えてくれて」

 

そう言って御老人は市場へと入っていった。

 

僕はなにも出来ず立ちすくんだ。

彼女を責めることもできない、ましてや自分の育てた花が褒められたのが嬉しかったのだ。

 

僕は次の日もまたその次の日も彼女の盗みを見守った。切った花にリボンを巻いた事もあった。

しかし、少女は日に日に痩せ細っていった。

僕はそんな彼女を見ながらなにをできない自分を責めた。

 

そんな中、僕は彼女のある花が少しでも売れる様に新しい花を造る研究を始めていた。無意識の事だった。

家に残ったわずかな資料を元に、新種の花を作り上げた。

知らぬ間に時はながれ、冬が過ぎ花が満開に咲き誇る春がやってきた。

 

僕は彼女に会う事を決意した。

彼女の為に何かしたいと思うこの気持ちはなにが原因か分からなかった。

ただただ会いたかった。

 

彼女は一向に僕の庭に姿を見せる事は無かった。

 

僕の足は街の方へ無意識に向かっていた。

冬に凍え死んでしまったのでは、そう考えた。

 

人気の無いところで噂話を耳にした。

「あの花売りの女の子、謀反で死刑になったらしいわ」

僕は耳を疑った。

「…死刑だたって…?」

「…!あなた…どちら様?!」

「なんであの子が死刑なんだ。僕を死刑にすべきだ。彼女の売っていた花は僕の花なんだ…!」

 

あの火を放たれた記憶と、彼女の死で全てを理解した。

 

「どうして…どうして新しい花を研究をしただけで国は僕の家族を殺したんだ…!!」

涙を堪えて一目散に塔に走った。

 

塔の前には沢山の兵士と偉そうにたたずむ女がいた

「なんなんだ!僕の静かな日常を壊さないでくれ」

「あなたとあなたの家族は、国の利益を自分のものにしようとしましたね」

「そんな事はしていない!!どうしてなんだ…」

僕はうなだれた。何を言ってもダメな気がしたんだ

 

「はやくその花を渡しなさい。そうすれば、この少女を解放しよう」

 

「何を言ってるんだ…。僕は、僕は…」

僕は悟った。

人の命を人質に取られたならば何もできない事を。

そして、自分自身が少女の事を心の底から気にかけ、そばにいたいと思ってしまっている事を。

 

そこからの記憶は断片的で、凍てついた鉄が時間の感覚を麻痺させる。

 

彼女は生きているのだろか。今はもう分からない

 

断罪の鐘が僕の為に鳴る。